インナーブランディングとは?

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インナーブランディングとは、「『ブランド定義』で定めた『会社の目指すべき方向性』や『顧客に抱いてほしいイメージ』『ブランドコア / P-MVV(パーパス・ミッション・ビジョン・バリュー)』を社員に浸透させる社内コミュニケーションの取り組み」です。

第4回では、社内に向けたブランディングである、インナーブランディングについての考え方、進め方 / 手順、またその手法を解説します。

ブランドとは自社ではなく相手の頭の中にあるものなので、「相手の頭」に抱いてほしいイメージをまず社員に抱いてもらわなければ、相手の頭に根づかせることはできません。反対に、自社に対する理解度が高まれば、従業員は自ら経営理念に基づいた行動を取るようになります。今回は、そんなインナーブランディングの必要性から具体的な施策まで、詳しく解説しますので、ぜひ参考にしてみてください。

インナーブランディングの意味

改めてインナーブランディングとは、「『ブランド定義』で定めた『会社の目指すべき方向性』や『顧客に抱いてほしいイメージ』『ブランドコア / P-MVV(パーパス・ミッション・ビジョン・バリュー)』を社員に浸透させる社内コミュニケーションの取り組み」です。

企業ブランディングを始めるにあたっては、まずはインナーブランディングによってある程度社内に浸透させた後に、アウターブランディングに着手するという段取りが理想的なシナリオです。その理由は、社内に浸透しないうちに社外に対してブランディング活動を行っても、一貫性がなくなってしまい、顧客等に混乱を与えてしまう可能性が高まるからです。

インナーブランディングとインターナルブランディングの違い

インナーブランディングには、「インターナルブランディング」「インターナルマーケティング」等、様々な呼び方が存在していますが、いずれも同じ意味を持つ言葉として使用されています。本来であれば呼び名も統一すべきですが、明確な国際基準や定義が存在する自然科学の世界とは異なり、マーケティングや組織開発の分野では用語の統一がなされていません。そのため、使用する人やシーンによって言葉が異なることが度々起こりうるのです。

インナーブランディングの重要性

社内向けのブランディング活動に時間を割いて取り組もうという会社はまだまだ少ないようですが、インナーブランディングこそがブランディングの肝であり、特に中小企業にとっては、最も重要な活動だと言っても過言ではありません。一体なぜなのでしょうか?

ユーザーの頭の中でブランドを作るのは、ブランドとユーザーの接点である「ブランド・タッチポイント」での経験です。そのブランド・タッチポイントにおいて、ブランドを伝えるのは結局は人なのです。口コミのようにユーザーが伝えてくれる場面もありますが、大半のタッチポイントにおいては、ブランドを伝えるのは、そのブランドの経営者および営業などをになっている社員です。意外と思われるかもしれませんが、有事があった際に対応する管理職という人材も、ここに含まれるのです。極端な例ですが、社長が「お客様第一の経営をします」と言っているのに、営業が顧客にとって必要のないものを売りつけようとしていたらどうでしょうか。「何が顧客第一だ」と会社に対する満足度は低下し、離れていく顧客も出てくるはずです。

インナーブランディングが社員にしっかり定着していれば、店舗オペレーションから IT システムまで、何もかもが変わってきます。逆に社員に「会社の目指すべき方向性」や「顧客に抱いてほしいイメージ」「ブランドコア / P-MVV(パーパス・ミッション・ビジョン・バリュー)」という価値観が浸透しない限り、顧客に対して一貫性のある「ブランドメッセージ」が伝わることはありません。半分の社員が理解していたとしても、残り半分の理解していない社員が台無しにしてしまうことでしょう。

インナーブランディングのメリット・デメリット

インナーブランディングを行う前におさえておきたい、メリット・デメリットについて説明します。

メリット①  意識向上によるパフォーマンスの底上げ

企業の思いを社員一人ひとりが正しく理解することで、自らが企業ブランドの体現するために行動するようになります。そして自社商品やサービスに誇りを持てるようになり、結果ブランド力向上から売上増加へとつながります。

メリット②  採用活動の効率化

強力なビジョンや価値観がある企業は、そこに共感した強いモチベーションを持つ人材にとって魅力的に映ります。自社で活躍できる人材の採用を可能にするこの仕組みは採用コストの低下、従業員の離職率低下も期待できます。

デメリット①  時間とコストがかかる

インナーブランディングは、ただ施策を行えば良いわけではありません。現状分析からツールの作成、そして浸透させるための施策といった、長いスパンでの取り組みが必須となります。

デメリット②  価値観のズレが表面化

企業の理念や価値観の共有を求める中でも、それらに共感できない社員が出てくることを想定しておきましょう。異なる価値観を持つ人は排除するといった流れになると、会社の多様性がなくなり、組織の偏りが生じる恐れがあります。

成功事例から読み解くインナーブランディング

とはいえ、社内で行われているプロジェクトのため、なかなか想像がつかない方も多いはずです。そこでまずは、有名企業の成功事例を見ていきましょう。

スターバックス

「ブランディングの優良企業」というイメージがあるスターバックスですが、やはりインナーブランディングにも力を入れています。

スターバックスは、「The Third Place」(自宅でも職場でもない「第三の場所」)というブランドのコアを掲げ、プロダクトやサービス、店舗空間、社員教育等を徹底し、一貫性のある「おもてなし」で、顧客にとって真に心安らぐ場を提供してきました。

しかし、2007年から2008年にかけて、売上高は増えているものの、利益が半減したことがありました。その原因は、既存店での売上高の伸び率がマイナスになったことです。多くの経営者は、経営合理化による利益率向上策を採用するところですが、スターバックスの窮地を救うべくCEO に復帰した、創業者のハワード・シュルツ氏の採った策は「原点回帰」でした。

既存点の売上高伸び率がマイナスになり、全体の売上高は増えたが利益が半減した2008年のスターバックス
出典:『手にとるようにわかる ブランディング入門』(金子大貴著、 一色俊慶著)

当時のスターバックスでは、迅速にコーヒーを提供するために別の場所にあるセンターで豆を挽いており、さらに店舗急拡大で、教育が不十分なバリスタが店頭に立つようになってしまい、コーヒーの味が落ちてしまったのです。そこでシュルツ氏は、無駄があってもかまわないから「スタバらしさ」を取り戻そうと決意したのでした。

まず、当時全米にあった 7100 店舗を一斉に半日閉店し、バリスタの再研修を実施しました。年商に響くレベルでの売上減少は確実でしたが、それも覚悟の上の決断です。さらに新しいブレンドコーヒーを開発し、最高級のコーヒーを入れるためのマシン会社を買収し、店舗でコーヒー豆を挽く方式に戻したのです。しかしそれ以上に力を入れたのは、「スタバらしさとは何か? それを実現するために自分は何ができるのか?」を徹底的に考え続ける社内研修、すなわち「インナーブランディング」だったのです。

こうした施策の結果、スターバックスは再生し、今も成長を続けています。米インターブランド社による 2021 年の世界ブランドランキングでは 51 位、ブランド価値は 130.1 億米ドル(1 ドル=130 円として、16 兆 9130 億円)と見積もられています。

メルカリ

コロナ禍でリモートワークが標準化し、密なコミュニケーションを取れないために会社の方向性を伝えにくくなり、社員のエンゲージメントが低下していると言われています。エンゲージメントの向上はインナーブランディングにおいても重要なポイント。そこで有効な策として、社内サイトによる社内コミュニケーションの活性化が挙げられます。

メルカリは、「mercan」という社内報にあたるコンテンツを配信する、オウンドメディアを持っていて、これは一般の方でも見られるようになっています。メルカリグループのメンバーであれば誰でも発信ができるコンテンツプラットフォームで、テキストはもちろん、音声、動画など様々な形式のコンテンツを発信できるようになっています。、そしてこれは、インナーブランディングだけでなくアウターブランディングの活動の一部でもある広報としての効果があるとされています。会社内の透明性が評価される時代において、社内サイトは社外に対してこんな会社だということを伝える接点として重要さを増しています。

ここで注意すべきなのは、インナーブランディングが十分にできていないまま、社外に発信してしまうと、逆にブランドを毀損してしまう内容を発信してしまう可能性もあります。会社内の透明性が求められる時代において、社内サイトは社外に対しこんな会社だということを伝える接点として有効に活用していきましょう。

インナーブランディング よくある失敗事例

インナーブランディングを行おうとしても、なかなか上手くいかない企業も少なくありません。弊社でも企業様から様々なご相談をいただく中で、そういった企業様に共通して見られるポイントをまとめました。

失敗要因① 作って満足し、そのまま放置

インナーブランディングを行う上で、ブランドブックやクレドカードなどのアウトプットまで制作したにも関わらず、そのまま放置され、結果浸透されないことが多々あります。本来インナーブランディングは短期間ではなく、中長期的に腰を据えて行うべきものですので、浸透のための施策を行わず、短期的なスパンで実施しようとすると失敗してしまうのです。内容を理解した上でそれを咀嚼し、自分ごとにするためには、ブランドコア / P-MVV(パーパス・ミッション ビジョン バリュー)、チームビルディング、オフィスデザインといったアウトプットを制作した上での丁寧な社内コミュニケーションや体験の機会が必要です。

失敗要因② 推進している人が不明確

インナーブランディングに取り組んでいること自体は知っているけれど、誰が推進しているのかがわからないことが意外と多いです。そこで重要なのが、社内に企業理念やブランドメッセージ、キャッチコピーを浸透させるアンバサダーの存在。トップからだけでなく”隣”からじわじわと広めることで、社員の共感度を高め、自律的な組織を作ることに繋げる重要な役割があります。

失敗要因③ トップのみによる推進

企業トップだけのリーダーシップで進めていくと、義務に感じる社員が生まれ、「命令だからやる」と思考停止をしてしまう可能性が高くなります。よくある事例は、従業員の理解や納得を得るプロセスが不十分な状態のまま、ワークショップや制度など従業員の行動に直結するアプローチを行い、拒否反応や強い抵抗が起きてしまうというものです。従業員に企業理念やブランドメッセージ、キャッチコピーを浸透させるためには、従業員の声をインプットすることが最重要です。ブランディングの取り組みを自分ごと化してもらうためには、社員の自主性を尊重し、社員が常に考え続ける、ボトムアップ型も同時に取り入れることが大切です。

インナーブランディングの進め方

インナーブランディングを向上させると、さまざまな面で企業に利益をもたらすことを説明してきました。ここからは、具体的な施策について詳しく説明していきます。

インナーブランディングの手法 / ツール

インナーブランディングは、定めたブランドコア、特にP-MVV(パーパス・ミッション ビジョン バリュー)を社内に根づかせるところから始まります。具体的な施策ですと、ブランドブック、クレドブック、社内報、ノベルティグッズ、組織スローガン、ロゴやポスターの制作。コミュニケーションに寄ったものだと、イベントや決起集会、社内SNS、テレビCMといった動画コンテンツが挙げられます。浸透には、繰り返し何度も触れる機会を生み出すことが重要なので、いずれか一つを選び実施するというより、様々な接点を活用することをおすすめします。

インナーブランディングのステップ

それぞれの施策を活用するにあたって、インナーブランディングには大きく 4 つのステップがあります。

インナーブランデインングのステップ。Step1:共有・認知、Step2:理解・共感、Step3:自分ごと化・行動化、Step4:評価・奨励する
出典:『手にとるようにわかる ブランディング入門』(金子大貴著、 一色俊慶著)

インナーブランディングのステップ① 認知・共有

施策としては、全社員を対象にした発表会(説明会)での告知が代表的です。ブランディングは、一部の従業員ではなく、すべての従業員に関わることですので、全員にもれなく伝える平等性が大切です。ツールとしては、定めたブランドコアをより深く知る、ブランドブック、ブランドムービー、クレドブックなど「ブランドのバイブル」を配布。このステップでは、初めて聞いて知ることばかりで、ようやく頭で「こういったブランドを目指す」、「ブランドコア / P-MVV(パーパス・ミッション ビジョン バリュー)」がわかった段階です。

インナーブランディングのステップ② 理解・共感

社内での対話、チームビルディングやワークショップを通じて、各社員に心で理解することを促します。経営トップからの強いメッセージングもこのステップでは重要です。根気良く伝え続けることがトップには求められます。

インナーブランディングのステップ③ あるべき姿を「自分ごと化」

頭と心で理解することと、実際の行動に移せることではかなりのギャップがあるため、このステップが必要になります。具体的には各自およびグループに目標宣言や行動宣言を行ってもらうケースが多いです。新たなブランドコア / P-MVV(パーパス・ミッション ビジョン バリュー) 等を受け、自分は何を変えるべきか、部署としてどんな取り組みをすべきかをチームビルディングやワークショップなどで話し合い、全社員に向けて宣言化するのです。また、宣言しっぱなしでは定着しにくいため、社内のイントラサイトなどで活動を共有するなど、行動を見える化する仕組みも必要となります。

インナーブランディングのステップ③ 評価・奨励

社員が自ら宣言して行動したことを褒めることで、何が正しいことなのかを全従業員に示してあげることが目的です。これを繰り返していくことで、ブランドが企業の体質となり、新たな取り組みも生まれてきます。具体的な施策としてはアワードなどを設立し、表彰することで「もっとやりたくなる状態」を目指します。場合によっては人事評価やその他インセンティブと結びつけられることもできますが、自ら取り組みたくなるようにすることが肝心なので、社員にとって誇らしくかつ楽しい取り組みを用意しましょう。

インナーブランディングの継続

インナーブランディングには終わりはありません。トップやブランディング担当者などのステークホルダーが変わっても、会社や事業、すなわちブランドがある限り継続するものです。継続して社内に浸透させるためには、従業員が現在どういった状況にいるか(①共有レベル ②理解レベル ③自分ごと化レベルに達しているか)をアンケートを用いて調査し、課題を抽出するなど、定期的に効果測定を行いましょう。効果測定・KPIの設定は、自分たちがおこなっているインナーブランディングが確実に進んでいるかを計測できる重要な指標です。その結果をもって、ロードマップの見直しや浸透施策を打っていき、根気よく組織開発につなげていく必要があります。

まとめ

自社の魅力を社外へ発信していくには、まずは社員一人一人がインナーブランディングの活動を通して自社を理解し、エンゲージメントを高めていく必要があります。それらを行うことで、働く人のモチベーションの維持や人材流出の低減など、様々な課題解決に結びつきます。ブランディングを始めるには、まずはインナーブランディングから検討してみてはいかがでしょうか。

【参考文献】

『手にとるようにわかる ブランディング入門』(金子大貴著、 一色俊慶著)

東洋経済オンライン社:よみがえったスタバに学ぶ、「らしさ」の経営

https://toyokeizai.net/articles/-/49204

『スターバックス再生物語 繋がりを育む経営』(ハワード・シュルツ、ジョアンヌ・ゴードン著、月沢季歌子訳、徳間書店)

ディレクション 村山貴彦 
株式会社 大伸社コミュニケーションデザイン Webプランナー / ディレクター。ブランドをコアとしたコミュニケーションの企画とディレクションを行う。大手上場企業から中小企業までのブランディングプロジェクト、Webサイト企画・開発ディレクション支援、SEO支援などのブランディングコミュニケーション支援を実施。
執筆 小林花
株式会社大伸社コミュニケーションデザイン 2022年度新卒入社で、現在プランニングチームに所属。BtoBを中心とした様々な案件に携わる中で、企業価値向上におけるブランディングの奥深さを感じるように。このブログ執筆を通して、私自身も理解を深めながら、ブランディングの重要性をお伝えできたらと思います。
監修者情報 金子大貴

株式会社 大伸社コミュニケーションデザイン チーフ ブランディングディレクター コピーライターとして、広告・宣伝のクリエイティブ開発の経験を経て、ブランディングに特化したプランニング・コンサルティングを担う現職へ。大手上場企業から中小企業まで、企業のリブランディングプロジェクト、新製品のコンセプト開発、ブランド浸透戦略立案などの幅広い業種業態でのブランディング支援を実施。著書に「手にとるように分かるブランディング入門」(2022年/かんき出版)。

Topics: ブランディング


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